三蔵@ファントマ


散漫な文ですみませんと先に。 


楽日 17列23番


三蔵法師がお伴に任せるだけでなく自ら妖怪に
手を下しつつ天竺を目指すというお話。

会場はシアタードラマシティ。観客の入りは9割。
男女はほぼ同数かあるいは若干女性が多いかな。
小劇団系では珍しく男性の姿が目立ちました。

内容は面白かったです。

……面白かったんですが、こう、何と言いましょうか、
ここのお芝居を観るといっつも残る観客の目で感じる
疑問点というか不満があって、それがどうにも。
でもそれは単なる好みの問題なのか、或いはそうでない
のか、いや、そうでないとしてもそれは(以下ループ)


三蔵という人が弟子たちに守られ、仏の道というものを
したり顔でただ説くのではなく、時にその錫杖の中に
仕込まれた刀でもって自ら斬って捨て、弔いの言葉を呟く。
それは今までに見たことのない新しい三蔵の在り方です。
この物語の三蔵には前世があり、それがそうある要因でも
あるのですが、いつか尽き果てると分かっている命という
ものを納得のいく形で終わらせたいとする様は、この
劇団がテーマとして挙げているハードボイルドそのもの
だったと思います。
人でありながら天に上げられ天上人として生きると
いうこと。
人でありながら仏となり、人に道を説き教えを広げる
ことでいつしか神にうとまれる存在となること。
人を思うということ。
思い続けるということ。
憎むということ。
色んなことが描かれていました。
納得出来るところも大いにあって、分からなかったり
違うと思うところもありました。それはそれだと思うのです。
物語の最期は神に立ち向かう三蔵たちの後ろ姿で
終わりました。勝ったのか負けたのかということよりも、
向き合ったということが多分、大事なんだと思います。


ああ、そうだ。あの大きなホールでそれでも小ネタで
どうにか笑わせようとしてくるところも相変わらずで
いいなあと思いつつ、それもどうかとちょっと考えたり。