新選組!

池田屋放映までのNHKの大河推しは『推し』どころか
『圧し』に近い感じで、池田屋用だけの主要人物による
特別アイキャッチやら昼や夕方の宣伝番組にも毎日の
ように新選組出演者が出る状態で、アイキャッチ目当てで
ちょっとチャンネルを替えた私でもげっぷが出そうでした。
そんな状態で2週に渡って放映された池田屋でしたが、
意外と、というかある意味予想出来たことですが、非常に
地に足の付いたつくりだったと思いました。事前に発覚し
揉み消され、失敗したクーデターという史実を考えると、
これまでの新選組を描いたものではかなり華やかな捕り物
劇のように扱われたことが多かったように思うので、今回の
粛々とした展開は三谷新選組の厳格さが初めて出ていた
ような気がします。望月亀弥太三宅弘城の最期で締め
くくったのもそういう意味でひとつの区切りだったと
思います。……これから毎週のように区切られていくので
きりがないんでしょうが。


池田屋に乗り込み、後の養子となる谷の三男坊と階上に
上がった近藤が目の前にある襖を開くと、明かりの落ちた
室内に土佐脱藩の侍たちが刀を構えて立っていて、それを
見た近藤は一旦静かに襖を閉じ、三男に土方斑への知らせを
命じて、それから改めて刀を抜き襖を開けます。


この襖を一旦閉じたところで私は思わず笑ってしまったんです。
だってドリフみたいって。


でも、後から考えるとあのとき、襖を開いた近藤がそこに
立っていた侍たちを見て、それでも静かに閉じ直したという
瞬間に全てが決まっていたという解釈も出来ると思ったのです。


三谷さんの脚本の魅力は、そこにある史実ではなく、そこに
立つ人間を描くところにあります。だからこそ、その一歩が
どうなるのか誰もまだ知らず、分からないものであると信じ
させる力にあります。
ここにきて、近藤勇は自身でもコントロール出来ない何かに
囚われつつあります。何度も何度も自分の進む道は間違って
いないかと問いかけます。その度に彼が問いかけたひとは
自分の信じる道を行けと返します。私はこれを見る度にとても
怖くなります。その立ち場がどうあれ、自身の道が誤っていない
と信じるならば誰にも変わらない顔をするべきなのです。
しかし、近藤勇はその迷う顔を限られたひとにしか見せません。
何故ならば、彼は新選組局長だからです。



禁門の変は、史実上では大きな出来事だと思うのですが、
大河では孝明天皇が彼らは何をしたかったのか、という疑問を
呈して終わります。これも面白かったです。外側、あるいは
歴史的な視点で見れば分かる出来事も中から描くことで、その
中心に居る極少数の人間以外にクーデターの意味や真意など
分からないのです。